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2008年1月 2日 (水)

今年初のNG

午前11時起床。
お雑煮用の餅を焼く。まだ亡父が生きていたころから、餅焼きの作業はずっと私の仕事だった。素材を丹念に扱う根気よさと仕上がりの巧緻さを要求されるこの種の職人的作業は、いつも私の仕事なのだ。もしも娘が私と同じ資質を持ち合わせているようなら、そろそろ世襲させたかったが、ちょっと無理なようで、非常に残念だ。
お屠蘇を飲んで新年を寿ぎ、満腹になって昼寝する。(だって、就寝時間は7時近かったのよ!)

年末ジャンボは、当然はずれた。300円の当たり券は例年どおり娘のお年玉に。「どーせ当たるわけないよ」と老母に悪態つかれながらも毎年買い続けているのは、お酉さまのくま手とかお不動さんのうちわと同じく、縁起物だと思ってるから、ただそれだけよ。別に、負け惜しみじゃないよ。断じて、ないよ。

さて、新年早々いやなことは言いたくないのだが、大事なことだし、自分自身への自戒もこめて。
折角もらった年賀状、宛名の名前の漢字が間違っていると、忽ち興ざめる。それも、手書きでうっかり書き間違えてしまったというならまだしも、わざわざデータ入力しているのに、だ。そして、入力ミスしている彼は、編集者。いままでも、そしてこれから先も一緒に仕事することは金輪際ないかもしれないが、苟も、編集者が作家の名前を間違うなんて、言語道断なんじゃないのかな? 私は、どうせこの先のつきあいが九分九厘ないに違いない彼に対して、直接このことを告げようとは思わないし、彼はおそらくこのブログを見てはいないだろうから、一旦入力されてしまったからは、これから毎年間違った名前の年賀状が届くのだろうなと思うと、些か気が重い。

「水名子」という名は、字面が珍しいこともあって、当たり前のようにペンネームと思われがちだが、実は歴とした戸籍名だ。「美奈子」「美菜子」「美名子」「皆子」・・・これまでにも書き間違えられたことは数知れず。だから、多少の誤字には概ね寛容であった私だが、これは酷いと思った。

「水無子」
絶対に、あり得ないでしょう。
確かに、名前の由来を思えば間違いではない。だが、人の(それも女性の)名前に、この上なく不吉で虚しい「無」の文字を使う無神経さ。だからこそ亡父は、悩みに悩んだ挙げ句、涙を呑んで、一番画数の少ない「名」の選んだのだ。若い子たちのあいだでは最早漢字は疎ましがられるだけの存在になり果てたのだろうが、少なくとも、私は自分の仕事を別としても、文字そのものが明らかな意味をもつ漢字を深く愛している。もし日本語が、ひらがなとカタカナだけの世界になってしまったらどうしよう、と本気で怖れるくらいに。

とまれ、こういう書き間違いをしてくれた「彼」は、何度か酒席をともにし、歓談し、挙げ句に「先生の御作のファンです。全部読んでます」と言ってた人物なのだから、呆れてしまう。同業界人で、出版の仕事をしていて、(まあ、ファンというのは社交辞令だろうけど)多少は私の著作を読んでいるという、(いくら若いと言っても)30過ぎの男子にしては、ちょっと、お粗末過ぎはしないかな? 文字の素養が、全くないわけじゃないんでしょ?

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