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2008年1月17日 (木)

今季のドラマ

まだオンエアされてない新番組もあるので、言い切るのは早計かもしれないが、どうもパッとしないなぁ。どれもみな、見終わったあとの爽快感皆無絶無。これは辛すぎる。小栗旬主演の『貧乏男子』も、なんだかいまいち。なにがやりたいんだか、全然わからない。イケメン度が増した小栗君にパッとしない役を演じさせて、イメージダウンを狙ったのか? 理解に苦しむ。

ちょうど1年前、同じ枠でオンエアされてたのが、篠原涼子主演の『ハケンの品格』だ。これは秀逸なドラマだった。スーパー派遣社員大前春子の颯爽とした活躍には、リアリティ云々を言う以前、理屈抜きに楽しませてもらった(オフのときはフラメンコも踊ってたし)。その後番のマツジュン主演『バンビーノ』もよかったし(やっと気がついたが、「ハチクロ」で真山君役を演ってる子は、バンビーノで厨房の見習い君を演ってた子だ! それに、一季前の『暴れん坊ママ』の幼稚園の先生だ)。一つおいて、『働きマン』も実によかった。
で、その活き活きドラマシリーズの後継たるべき『斉藤さん』だが、今夜もまた、息苦しい展開だったなぁ。相変わらず、斉藤サンの正義感は空回り。悪いが、子を持つ母親として、高島礼子演じる園ママリーダーのほうに共感してしまった。悲しいけれど。とりあえず現実はおいといて、せめてフィクションの中だけでも、当たり前の正論や正義がまかり通る痛快な展開にしてほしかった。たとえば、斉藤サンが異能の人で、彼女の一喝、ひと睨み、説教に、何人たりとも従わせる力がある、とかね。そうでなければ、彼女は既に、10回くらい鋭利な刃物で刺され、20回くらい猟銃で撃たれ、100回くらい家に火をつけられているはずだ。その覚悟もなくただ闇雲に正論をふりかざすのは、残念ながらただの蛮勇だ。そして、この世の中は既に、斉藤さん1人の蛮勇によってどうにかなるほど単純な世界ではなくなってしまった。残念ながら、この一〜二回放映に限っては、高島礼子の言ってることのほうが正しい。彼女は闇雲に事勿れ主義に徹しているわけではない。実際に大切な娘を傷つけられた、という苦い経験からものを言っているのだ。その言葉には重みがあり、特に今日の放送を見る限りでは、斉藤サンは完全に負けていた。私だって、娘がまだよちよち歩きくらいのころ、電車の中でフィリピン人の男に突然突き飛ばされたとき、喉元まででかかった「なにしやがんだ、この野郎!」という言葉と、反撃したい気持ちを辛うじて飲み込んだ。娘に攻撃が向くことを怖れたからだ。
それにしても、今日びの高校生なら、楽しい遊びはもっといろいろあるだろうに、なんでこれほど、幼稚園に固執するかね?斉藤サンへの意趣返しというよりも、ここまでくると、危険な異常者のニオイを感じる。それもまた、世相を反映してのことか? 娘が保育園に行ってるころ、その行き帰りでは近所の高校の生徒たちに何度も不快な思いをさせられたが、同校の生徒は育児の授業で保育園に実習に来たりもしていて、子供たちにいたって優しくしてくれたらしい。子供には、本能的に邪悪なものを見分ける能力がある。見え透いた作り笑顔は通用しない。娘も、(あの当時は)高校生のお姉さんお兄さんたちには心を開いていた。世の大半の高校生たちは、たとえどんなに心がささくれていたって、幼稚園や小学校を相手にしやしないだろう。

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